ふらふら経歴&今後のふらふら展望&なぜふらふらしていたいのか

ここ数年はちょっと働いてはふらふら放浪してしまうんです。と思いきや、昔から落ち着きなくふらふらしてたやんって家族に言われました。
幼いころから振り返ると記事が終わらないので、サラリーマン時代からいままでのふらふら経歴を振り返って、これからのふらふら展望、そしてなんでそんなふらふらしてんの?ってことを綴っておきます。
こいつアホやなーくらいで見たらちょうどええかんじです。
ふらふら経歴
思い返せばずっとふらふらしてたサラリーマン時代
偶然面接で受かったという理由で入った会社では、営業職として配属。1年目の営業社員は営業補助や事務作業を学ぶ期間としてオフィスで真面目に働くのが通例だが、私はずっとパソコン前でなにもせずうたた寝してばっか。
次第に社内で”やる気なしダメダメ野郎”との評判が回り、ついに他部署の大先輩社員から私の上司へ「あいつをオフィスに居らせるな、目障りやからさっさと外回りさせろ」とお叱りがあったそうで、8月から出張することに。
水を得た魚のように日本中を駆け回っていたものの真面目に仕事なんてするわけもなく、出張先のグルメに舌鼓を打ちお酒を美味しくいただく日々。仕事は言われたことだけやってるフリしておしまい。時には二日酔いで昼出社する有り様。
次第に上司にバレて、トラブル対応をメインにさせられるもそれすら放置。そしてついに天罰が下ったのか、とある大トラブルが発生し放置していると、部署はおろか副社長や仕入れ先からも”どえらい”怒られてやっと対応することに。それがなんと入社して4年目。
そしてさらに罰が当たったのか、5年目のGWには28歳で痛風を発症。この時初めて「人生このままでええんか?」と頭に浮かんだ。その後、前述のトラブルが落ち着いたのを機に直感で何も決めず退職。
よくクビにならんかったな。ありがとうございました。
退職後、台湾ワーホリに行けずニート開始
「退職するならなんかしたいことないかな?」と思い浮かんだのが、台湾へワーホリにいくこと。とりあえず行ってみようとワーホリビザの申請方法を調べるも、当時はコロナ真っただ中で申請が出来ず。退職前に調べていないこのアホさ。
なにも出来ないので実家にもどりニートに。「まあ、やりたいこと見つかったらなんかやろう」なんてグータラ過ごしていたら8か月が経過。
そんなある日、用事で行った香川・高松でふらっと入った個人居酒屋の店主と地元の魚についていろいろ話していたときに、「おれ、魚好きやのに魚捌いたことないのダサいな」と思い、高松を離れたその日に魚屋にアルバイトを応募、そして働くことに。
魚屋でのバイトを経て台湾ワーホリへ
魚屋でのバイトは朝早く勤務時間も8時間以上と長かったが、魚が好きなので耐えられた。ただ、帰りの電車で乗ってきた女子高生3人が「なんか臭ない?」って小声で言ってんの聞いたときは、さすがにちょっと刺さったね。「それ、おれやで!」って言う勇気はなかった。
結局、同じ魚屋で1年数か月バイトを続け、その期間貯めた50万円だけ持って、台湾・台南へワーホリに行くことに。30歳でビザ取得して、31歳で渡台。
台南では、現地で日本人と台湾人夫婦が営む「はむ家ゲストハウス」でヘルパーをすることに。条件は午前中は清掃する代わりに住み込み無料の、フリーアコモデーション(フリアコ)制。
清掃が終わったら自由に過ごしてOK。台南中を散歩したりゲストハウスのリビングでぼーっとしたり、台湾や海外のお客さんと話したり、夜は1人で飲みに行って酔っぱらったり。
滞在中、特別なことは一切せず。そのなんでもない時間こそが最高の贅沢やと気づいたんです。もしサラリーマンやったら、そんなことは感じてなかったはず。
結局、台南で7ヶ月ヘルパー、そして最後の2ヶ月はバーに行きすぎてお金がなくなり、日式スナックでボーイのアルバイトもやっていた。その後、日本へカムバック。
日本に戻りバイト→放浪の繰り返し。そして壱岐島「みなとやゲストハウス」でヘルパー
日本に戻ってもやりたいことはなく、短期バイトでちょっと小遣いを貯めてはふらっとどっかへ行く日々。ちょっと飽きてきた頃に偶然ネットで見つけたのが、長崎・壱岐島にある「みなとやゲストハウス」のヘルパー募集記事。
記事を一目見て直感で応募。無事合格し人生2回目のヘルパーを体験。ここでもフリアコ制で午前中の掃除が終わればあとは自由。海行ってぼーっとしたり、お客さんやご近所さんと喋って酒飲んだり、酔いつぶれて漁港で寝たり、やってることはどこでも一緒。
ヘルパー期間中、壱岐島に滞在してた台湾人女性とのふとした会話で無理してカッコつけた結果、手刺繍をすることに。そこから、手刺繍→刺し子とハマリ、ただひたすら縫い続ける日々。
そして、ふと見たみなとやのInstagramの投稿にコメントしたことがきっかけで急にイベント参加することに。
>>手縫い刺繍を始めたきっかけはただカッコつけたかったから。
手刺繍・刺し子でイベント参加→ワークショップ(WS)開催
みなとやゲストハウス&チリトリ自由食堂の周年記念パーティーに出店。そして、壱岐や熊本でWSを開いたりと急遽いろんな経験をすることに。
どれも初めてで正直ドキドキしていましたが、なるべくすました顔でこなしてました。多分ばれてるけど。その後、調子乗ってふらふら放浪してたらお金が尽きて今に至ります。
>>2025.4.5「チリトリ6周年&みなとや9周年ロックな周年Party」に参加しました!
>>気づけば手縫い刺繍を始めて1年経っていたから振り返ってみる
今後のふらふら展望:なんもなし
これまでのふらふら経歴を書いてみて気づいたのが、なにかを始めるきっかけはふらふらした先で偶然見つかり、そして自分でやると決断してやってみたことがほとんど。
なので、今後のふらふら展望といってもなんにもありません。そもそも、なにか目標をもってそれに向かって地道に努力したり、決められたことをきちんとこなすことが出来るなら、今頃サラリーマンとして活躍しているはず。
それが出来ずにサラリーマンを直感で辞めてずっとふらふら生きてきたので、これからもふらふら流されてええかんじに生きれたらいいですねー。って似たようなこと、この前にも書いてました。
なぜふらふら放浪していたいのか
なんとなく分かるでしょうが、私アホなんです。特徴として、
- 好奇心旺盛で飽き性
- 一度に一つのことしか出来ない
- 人と同じことしたくない、天邪鬼
- 単体 or 少人数で行動しがち、大人数が苦手
- 自分の世界に入りがち
- 誰とでも話すことは出来ても仲良くなるまで時間が必要
- 自由がないとすぐに逃げたくなる
- 自分のペースが乱されるとやる気がなくなる etc…
こんなやつなんで、結局出来ることはふらふらすることくらい。それでいて、自由でマイペースに好きなことだけやってたい。
「あれ、ゲストハウスのヘルパーしたことあるんやったら規律正しくできそう」なんて思うかもしれませんが、数時間掃除するのも基本1人か2人でやるし、そのあとは自由。
魚屋も朝の数時間だけバリバリ働いたら、あとは配達や接客とか基本自由。いわゆる接客業と違ってめっちゃゆるいんで。
「これ絶対にやりたい!」なんてことも今のところないし、無理に見つける必要もないかと。ただ、自分の人生の決断は自分で。因果応報、どうなろうとも自分の責任、これは絶対よ。
まあ、なんとかなるさ精神でこれからもふらふらしていきたいね。